2018/02/05

粋な辛さ江戸辛味大根

歴史

今から約300年前 亭保(1716-1735年)

江戸浅草柴崎町(現在の西浅草3丁目)の寺院「道光庵」の僧は蕎麦打ちの名人といわれ、鰹だしの代わりに”辛味大根の絞り汁”で蕎麦を檀家の人々に向け、振舞いました。町中の人たちは、その旨さに驚き、蕎麦目当ての人たちが信心にかこつけて連日門前に列をなし、「江戸評判記」では本職の蕎麦屋を押しのけて筆頭に挙げられる程となりました。

当時、市中で辛味大根を自家栽培するまで流行ったといいますから、江戸の粋な食材として定着したといえます。

しかし、現代では江戸時代から食べられている伝統野菜の衰退の一途をたどっています。そこで、浅草葱善では江戸浅草で流行した伝統野菜である「江戸辛味大根」を現代によみがえらせました。

江戸辛味大根とは

浅草葱善の江戸辛味大根は長野県の篤農家と10年をかけて理想の辛味大根を生産できるようになりました。栽培方法は水分と肥料をギリギリまで与えず、あえて大根にストレスをかけ、ゆっくり丁寧に50日~60日かけて栽培させます。蕎麦はもちろん、お肉・刺身・漬物など… etc  こだわりぬいて生産された江戸辛味大根は辛味の中に奥深い旨味を生み出し食材の味を引き立てます。  まさに粋で鯔背な江戸っ子にはたまらない味なのです。

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